Dainese
Dainese
📷
Loading image...
ツーリング

マキシエンデューロで巡るクロアチア週末旅

公開日:2026年2月7日
執筆者:ダイネーゼAGVジャパン編集部
カルロ・ペッティナート

Carlo Pettinato

著者

カルロ・ペッティナート、30歳。2017年からDaineseでマーケティングを担当しています。エンジンの有無を問わず、できればブロックタイヤで走る「車輪の付いたスポーツ」が人生そのものです。
物心ついた頃からエンデューロ、マウンテンバイク、ラリーに情熱を注いできました。長年サーキットを走った後、オフロードの相棒として古いHonda Africa Twinを手に入れました。そこから、探検という新しく、より広大で色彩豊かな世界が目の前に広がったのです。
故郷に近い野生的な土地サルデーニャから旅立ち、今は砂漠の砂丘を夢見ています。

昔、誰かが「旅には2種類ある」と書いていました。限られた日程の中で行程に縛られる休暇としての旅と、旅そのものや学びを楽しむための旅です。この2つには大きな違いがあります。
休暇の旅はたいてい慌ただしく、一方で旅のための旅には、ゆっくり進み、訪れた国を味わい、人々と出会い、必要なら立ち止まる余裕があります。

とはいえ、後者を実践できるのは、ごく一部の大胆な、あるいは恵まれた夢想家だけでしょう。現実には、1〜2週間で憧れの地域を巡る休暇旅行の方が一般的です。
それでも私は、これをバイクでできることを幸運だと感じています。バイクで旅をすると、休暇の感覚はまったく変わります。周囲の環境に身を置き、匂いや気温の変化を感じ、思い付きで寄り道をし、ときにはオフロードにも入るのです。

しかし、スケジュールに縛られているなら、道を把握し、ルートに従った方が、無駄に迷って時間を失わずに済むはずです。……本当にそうでしょうか。
GPXトラックは、常に信頼性の代名詞なのでしょうか。

少し前に行ったクロアチアでの短い休暇は、少なくとも私にとって、それが必ずしも真実ではないことを示してくれました。行き先を正確に知っていることが、常に最善とは限らないのです。
むしろ、踏み固められた道をなぞることで失敗に繋がることさえあります。では、最初から話しましょう。

フリウリのダートトラックへの突撃

フリウリのダートトラックへの突撃

バイクで過ごすロングウィークエンド

私、フィリッポ、フランチェスコの3人。3年前にサルデーニャを走った伝説的ツアーに参加した5人のうちの3人です。
バイクは3台中2台が同じで、いずれも1990年代のHonda、Africa Twin、Transalp、Dominatorです。今回は日程が限られていますが、6月2日のイタリア建国記念日が木曜日で、金曜日も休みになるため、ロングウィークエンドを最大限に活用します。
高速道路やフェリーに時間を取られないよう、目的地は遠すぎないこと、そしてオフロード走行が含まれることが条件です。古いバイクにも、そして何より私たち自身にも楽しみが必要です。
その答えがクロアチアでした。海と山があり、高速で3時間、オフロード規制もイタリアより厳しくないはず。こうして出発しました。

実際には到着まで丸一日かかりますが、それも旅の一部です。6月2日木曜の朝、パドヴァで集合し、ポルデノーネ周辺まで短時間だけ高速を使います。
ここからは、チェッリーナ川とメドゥーナ川の小石だらけの河原へ。川沿いの4×4トラックを気の向くままに進みます。最初のGPXトラックはヴィヴァーロ村から始まり、フリウリ地方をできるだけアスファルトを避けて横断する計画でした。
ウーディネ南側を通りブットリオ方面へ向かいます。平坦な地域なので期待はしていませんでしたが、夕暮れ時の光に照らされた畑のダートは快適でした。ポッツオーロ・デル・フリウリ付近でトラックを離れ、海へ向かいます。
最初の宿泊地はアクイレイア。途中、16世紀に築かれた九角形の要塞都市パルマノーヴァを通過し、夜は5世紀創建の港町グラードで過ごしました。古代モザイクの遺構もあり、食事処も豊富です。

金曜日、宿を出てトリエステ方面、正確にはドリーナへ向かいます。ここから、待ちに待った本格的なトラックが始まるはずでした。
このルートは、直前で参加できなくなった4人目の友人が数か月かけて作ったものです。今回の旅は彼へのオマージュでもあり、そしてすぐに「踏み固められた道」について先ほど述べたことが正しかったと分かります。

トラック=信頼性、とは限らない

アスファルトを離れ、岩だらけの道を100mほど登ると鉄道線路に突き当たります。その先にも道は続いていますが、200kgのバイクで線路を越えるのは、直前の盛り土もあって不可能です。
本当のスタートからわずか1分で最初のUターン。アスファルトでイタリア=スロベニア国境を越え、先でルートに復帰することにします。
それでも主要道路は避け、国境地帯の森や景色を楽しみながら進みました。

計画では、イストリア半島を横断し、ダルマチアへ直行、可能ならザダルまで行くつもりでした。
いつもの通り宿は予約していません。急がされず、無駄になった時間を取り戻すために焦らないためです。結果的に、この判断は正しかったと思います。

スロベニアに入り、ようやくオフロードを楽しめます。標高数百メートル、海松の間を走る広く滑らかなダート。
時折森を抜けると、右手にトリエステ港と船影が見えます。ようやく休暇らしい気分になってきました。

イタリアとスロベニアの国境の丘と、空に溶け込むトリエステ湾

イタリアとスロベニアの国境の丘と、空に溶け込むトリエステ湾

数キロ進むと、トラックは主要道を離れ、濃い緑の内陸へと戻る滑らかな道に入ります。ペースは落ちましたが、森と草原の美しさは格別です。
長い間、人影も文明の痕跡もありません。やがてスロベニア=クロアチア国境をオフロードで越えるはずでしたが、森の中に巨大な鉄製ゲートと有刺鉄線のフェンスが現れます。通関は必要だったのです。
またUターン。これが、GPXトラックが決して順風満帆を保証しない理由です。引き返し、ブナ林を抜ける見事なダートを即興で辿り、アスファルトへ。スタロドとパスヤクの検問で書類を提示し、昼食です。走行距離は……考えないことにしました。

ペルマニの素朴な食堂でチェヴァプチチと仔豚の丸焼きを食べます。素晴らしい味でした。
素晴らしい道ではありましたが、強制的な引き返しが多く、時間を浪費した苦い午前中でした。午後で挽回するしかありません。
昼食中に今夜の目的地を決めます。平均速度を考え、欲張らず、80km南の海沿いの町センジを目指すことにしました。

ツーリングバイクで挑むエクストリーム・エンデューロ

午後は上々のスタートでした。自然に囲まれた、ゆっくりながらも走りやすい岩混じりの道です。
先頭を走っていた私だけが、ダマジカの小群と遭遇する幸運に恵まれました。仲間に伝えても「何の話?」という反応。残念ながら彼らは見られませんでした。
完璧なキャンプ地になりそうな草原を越え、進みます。道は細くなり、枯れた沢沿いを走ります。GPSを見ると等高線に対して危険なほどの急勾配。
不安はありましたが、引き返せば午後が無駄になるため、そのまま進むことにしました。

道はさらに狭く、急で、岩だらけになっていきます。3台中2台は30年落ちの2気筒車です。
岩の段差を越えるために体ごとバイクを引き上げる場面で、これは完全に「ロードバイクでやるエンデューロ」だと悟りました。
頂上で仲間を待ち、幸い全員無事に登り切れました。

Garminを見ると、確かに正しいルートです。正式にはもうラバ道で、急なヘアピンを1速と半クラでこなします。
冷却ファンが回り始め、クラッチの寿命が心配になりました。そこへ、フランチェスコが転倒。
幸い大事には至らず、レバーが折れ、ミラーが飛び、フェンダーが曲がった程度でした。3人で立ち尽くし、このトラックを作った不在の友人を呪います。
ピエルカルロ、どこにいる? 一緒に苦しむべきだろう。

まだ石だらけの道は続きます。あと数回の急ヘアピンを越えると勾配は緩みました。
ここが古代の舗装路だったこと、低い石垣の集落跡だったことに気付きます。大変な思いの後の、ささやかなご褒美でした。
地面が濡れていたらどうなっていたか、想像するのが怖いほどです。

下りに転じたところで、今度は立派な角を持つ成獣のシカの群れと遭遇しました。
今度は3人全員が止まり、距離を保ちながら去っていく姿を見届けました。実に感動的な光景です。

やがて私道に出ます。GPXは左折を示しますが、山頂への登りは次回に持ち越すことにしました。
午後遅く、全身汗だくで、この1時間は丸一日分のオフロードに匹敵すると感じました。
右折して文明へ戻り、Google Mapsに従ってセンジへ。海岸線と夕日、穏やかな気候の中、1時間で到着しました。

即興で組み立てたクロアチアのダートセレクション

夕食は振り返りの時間です。センジ港を望む席で、ブザラ風カラマリ、イカのグリル、タコとジャガイモ、エイの前菜などを味わいます。

当初の行程を完走する望みはほぼ消えました。まだ半分にも達していません。
残り2日を楽しむため、初日に逃した区間を逆走し、近くのTET(Trans Euro Trail)を組み合わせる即席プランに変更。数か月の計画は風に飛びました。

3日目、センジ上空の山へ登り、海とクルク島を望む簡単なトレイルから始まります。
今日はブナと針葉樹の森を貫く広いダートのみで北上。ラリーのSSのようです。
TETと組み合わせ、引き返しは1回だけ。デリニツェで昼食後、松林のラバ道に入りかけますが踏みとどまり、リエカへ向かいます。
グマンツェ高原で古い関所跡と採石場を発見し、探検中に砂にはまり、3人でAfrica Twinを救出しました。

リエカで再び海を望む夜。翌日は少し趣向を変え、1970年代開業のリエカ・サーキット、アウトモトドローム・グロブニクを訪れます。
1990年までユーゴスラビアGPが開催された歴史ある場所です。友人で元同僚とも再会し、丘の上で昼食をとって帰路へ。
ポドゴリエ峠を越え、検問の渋滞も回避できました。

トリエステからは高速道路です。時間短縮だけでなく、30年物のバイクの信頼性と万能さを再確認するためでもあります。
昨日のラバ道と、今日のA4トリノ=トリエステ高速を両立できる車両が、他にどれほどあるでしょうか。

旅に向けたライダーとバイクの装備

4日間の旅であれば、バイク側の準備はタイヤ選び程度で十分です。ただし、変わりやすい天候や不測の事態に備え、ライダー自身の装備は重要です。

6月初旬のクロアチアは30℃以下と見込み、夏仕様の4シーズンスーツを選びましたが、激しいオフロードでは暑さに苦しみました。
高所や森の中では快適でしたが、低速区間ではジャケットを半開にすることも。
結果的には、パンチングの上下に夜用のレイヤーを足す方が良かったと思います。

ブーツは常にモトクロスブーツを選びます。慣れていて、私にはスニーカーのようなものです。
利便性よりも、安全性とオフロードでの信頼感を優先します。ヘルメットはアドベンチャータイプ、グローブはナックルプロテクター付きが理想です。

2リットルのハイドレーション付きバックパックは必須です。水を常に携帯でき、レインシェルや財布、モバイルバッテリー、サングラスも収納できます。

バイクの準備で特筆すべきはタイヤ選びです。短いオン・オフ混在の旅では、私は常にアグレッシブなブロックタイヤを選びます。
今回のルートではMitas E09が最適で、このクラスのバイク用オフロードタイヤとして最高峰の一つです。

荷物を積載したHonda Africa Twin

荷台にはバッグ1つで十分でした。ストラップとネットで固定し、中には着替えと工具一式。
マイナスドライバー、プラスドライバー、ニッパー、はさみ、8・10・11・13のスパナ、六角レンチ、針金、結束バンド、各種ボルト。
シート下には予備燃料ポンプ、テープ類、パンク修理剤。タンクバッグは立ち乗りの邪魔になるため外しました。

ハンドル周りは、左にスマートフォンホルダー(オンロード用)、右にGarmin GPS(オフロード用)です。

最後に結論です。このトラックは良かったのか、悪かったのか。
ピエルカルロが計画してくれなければ、私たちは出発すらしなかったでしょう。その意味で、この旅に不可欠でした。
一方で、最も美しいオフロードは、クロアチアの海岸や山中を気ままに走る中で見つかりました。
確かなトラックがあるなら従うべきです。しかし即興性を失います。苛立ちを生むこともありますが、それが旅にスパイスを加えました。
細部まで計画していようといまいと、大切なのは、とにかく走り出すことです。

ダイネーゼAGVジャパン編集部のアバター

ダイネーゼAGVジャパン編集部

ダイネーゼAGVジャパン編集部は、イタリア発のモーターサイクルウェアブランド「Dainese(ダイネーゼ)」およびヘルメットブランド「AGV(エージーブイ)」の日本正規輸入元として、製品情報・アスリートのインタビュー・ブランドの今を発信する編集チーム。 ビギナーからエキスパートまで、ライダーの安全性を最優先にした情報提供を行っています。

2026年2月7日公開
ブログ記事

最新記事

読み込み中...
読み込み中...
読み込み中...
読み込み中...
読み込み中...
読み込み中...